私たちに決められた名はない。それどころか私たちは、決まった家も職も家族すら持たない。
与えられたのは区別をつけるためのコードと、生きていくのに必要な武器と、体を隠す衣服だけだ。
幼いころは食べ物くらい与えられたものだが、八歳を過ぎてからそれもなくなった。
「コードND-0387。これから指定した世界に行ってもらう」
私たちがここ『総社』に存在しているのは、単に人間の都合にすぎない。
総社があるのはは世界の狭間。どこにも属さない無法地帯。秩序も不文律もなければ、身を守るものなど何一つ無い。
それでもそこで生きる人がいて、時に何を思ってか世界を支配したり、破滅させたりしようとするものがいる。
その者たちを『狂戦士』と呼び、総社はその狂戦士から世界や要人を守護している。総社で手足となって働くのが、コードで呼ばれる者たちだ。
「了解しました。それで、その世界というのは?」
「これだ」
手渡された書類には、四人の男性の顔。だが、にはその下に書かれた文字が読めなかった。
おそらくそれは彼らの名前なのだろうが、には生憎とそれが漢字というものであるということしかわからない。
「………彼らの名前が読めません。彼らを守ればいいのですね?」
「安心しろ、お前は言葉もわからんだろう。期間は未定。任務終了時はこちらから何らかの形で連絡を入れさせる」
「それまで任務を継続すればいいわけですか」
「対象には、すでに目印をつけてある。その世界に行けば、その四人がどこにいるかはすぐにわかる」
「了解しました」
むちゃくちゃな任務だ。今に始まったことではないので、特に驚くこともない。
四人の顔つきからみて、これから行く世界は戦争でもやっているのだろうとは思った。間違いなく彼らは人を殺すことを知っている目だ。
「武器を用意しておけ。任務が終わるまでこちらに帰ってこれないだろうから、できるだけ多く持って行ってかまわん」
「ありがとうございます。もう準備しておきましたので、いつでもいけます」
出来れば面白い世界であればいい。
訓練と研究をひたすらに繰り返すだけのこの総社での生活は、はっきり言って好きではない。
は一度きれいに総社式の敬礼をしてから、世界へと続く扉をくぐった。
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ふと意識が覚醒して体を起してみると、周りには誰もいなかった。
見えるのは荒涼とした大地で、目を凝らしてみても人が住む家などは見えない。
「………痛い、まだ前の任務の時のけが治ってないのに」
来る前に包帯くらい貰ってくればよかった。
は少し後悔して軽くため息をついてから、背筋を伸ばして立ち目を瞑った。
(そんなこと気にしていたら、この仕事はやってられないし………)
神経を研ぎ澄ませて気配を探る。守護対象のうち二人はすぐに見つかった。もう二人は遠くて大体の位置しかつかめない。
ならば本気を出して気配を読めば、どこまでだって、それこそ世界中に知らない人はいないくらいに気配を見わけ感じることができるものの、多くの気配の特徴を知れば知るほど反動が大きい。情報量が多すぎて頭がパンクすれすれになったこともある。
詳しく探ることはやめて、は言った。
「さて、どうしたものか」
言葉がわからないのでは、そもそも人とのコミュニケーションが取れないじゃないか。
確かに対象がわかればこっそりと守るくらいできるが、いかんせんそれは任務期間がわかり多少の無茶がきく場合だ。
期間未定でしかも戦争をしている世界で、誰にもばれずに任務を果たすことは、総社でNO.1であるでもさすがに難しい。
まずは言葉から覚えなければならないな。そもそも言葉がわからなくちゃご飯が食べれないし、仕事にも就けない。寝床はどうする。
悶々と考えて、しばらくした後はある方向に向かって走り出した。
(2008.12.03)