02. Faiblesse Volitional


 私は正義なんか信じちゃいないし、正直手を出したりしなければ自分は殺される心配なんて無いのだから、L達を放っておいてもよかった。
 それでもあえて手を出したのは、本当のところは、私の未来が不確定だからか。世界には必要のない存在だからか。この世界の未来を知っているからか。

「なんであれ、もう介入するけど。でも、漠然と生きるよりもこっちの方がいいよな」

 偶然かも知れないし、何の理由があったのかはわからないが、この世界に私は来てしまったのだから。
 マフラーを巻きなおし、その温かさに少し嬉しくなっては歩き出した。

 ―――――せっかくだ。自分が出来ること、やりたいことをしてから去って逝こうと。



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 思い一つだけで人間は行動に移れるのだから不思議だ。
 は気がついたら電話をかける準備をしていた。捜査本部への電話で伝えるのは、キラの殺人方法について。
 もちろんそれは直接方法を示すものではないけれど、Lへのヒントと牽制を込めている。
 まずは、日本へやってくるFBIと美空ナオミの命を守るために。
 そのために原稿は何度も考え直したし、つっかえないように練習もした。

 伝えるのはこうだ。
 1、12月21日までに何かが起きる。(本編では美空ナオミ失踪の日)
 2、それを防ぐには少なくても名前を出さないことが重要。そうすればFBI捜査官も死ぬことはなくなるかもしれない。あえて日本国内と言ったのは、3についてとFBIに危険が及ぶ可能性をLに伝えたいから。
 3、キラは日本にいること。キラは関東にいることも言えたが、それはもうL自身気づいているはず。

 うまく伝わるとは思えないが、それでもLはあらゆる可能性を見てくれるだろう。
 そしてこれは一つの実験でもある。この事件に関して私には何の制約もないのかどうか、わかっていないからだ。

 今回使用するのは、昼でも夜でも人が多い東京駅の公衆電話を選んだ。今後また電話することも考えて、交通の便がいい環状線上の駅にした。
 その分監視カメラも多いだろうが、さすがに一回目で人物特定ができるとは思えない。本来私はこの世界にいる人間じゃないんだし。

 今は夜の10時半。捜査本部では24時間、いつでも情報提供者から電話がかかってきてもいいように、宿直の人間が置かれている。
 は捜査会議が始まる30分間前に、電話することを決めていた。そろそろ刑事も本部に戻ろうとするところだろうと睨んで。
 は緊張しながら受話器を手に取った。間違えないように何度も頭の中で繰り返した番号をよどみなく押し、呼吸を落ち着かせながら耳を澄ませる。
 ややあって、男の声が聞こえた。

『こちら、凶悪連続殺人特別捜査本部』
「もしもし、一般からの情報はこちらで?」
『はい。よろしいですよ』

 聞こえてくる相手の声はずいぶんと投げやりだ。ずっと電話の番をしていたんだろう。大した情報も出てこないだろうに。
 声まではさすがにの記録にも残っていない。誰なのかはわからないが、もしかしたら最後まで本部に残る捜査員かもしれないと思い、はわずかな言葉を頼りに彼の声を覚えた。

「お疲れ様です。それでは、ひとつ忠告です。捜査を担当されている皆さんは、最低でも12月21日になるまで、日本国内においては絶対に本名を出さないでください。」
『は?』
「繰り返します。捜査を担当されている皆さんは、最低でも12月21日になるまで、日本国内においては絶対に本名を出さないでください」

 向こうは動揺して声がでないようだ。は最後に一言を残そうと、受話器を強く握った。
 その前に絞り出すようにして、向こうがの名前を問うた。

『待ってください、貴女のお名前を………』
「またお電話します。必要ありません。私もあなたも、お互いの声を覚えていられるはずです」

 ガチャン。勢いよく振り下ろした受話器は盛大な音をたてた。ここまでは成功。
 急いで荷物を持ち、は電話ボックスから出る。

 わずかでも、私がここにいたという証拠を残してはいけない。あったとしても、そのほかの情報源が消されていると悟られないようでなければならない。
 不審に思われれば、もう私は二度と電話をかけることが出来ない。
 なぜなら、一般人が分かるはずもない情報を持ち、それを匿名であえて警察に知らせてくるという時点で、Lや捜査員は私を、何か策を練ったキラかあるいはキラに近い人物として、疑いを持たなくてはならないからだ。
 Lと接触することで何かが変わるのだということを、私だって理解している。

 私は自分がキラでないと証明するだけの証拠も理論も思いつかないし、その推論にたどりつくまでの過程を、他人に説明することはできない。特にLには。
 Lに私の不審な点を突きつけられたら終わりだ。私のしたことが裏目に出でしまう可能性まで出てくる。

「でも、きっと次に電話をかけるまで、私に対しての行動はほとんどないだろうな」

 Lは私の二度目の電話に備えて、念入りに準備をするだろう。たいして頭の働かない私でも注目してしまうくらいのヒントを告げたのだから。
 それでもそれ以上踏み込んでくることはない。私がどちら側なのかを見極めようとするはずだ。
 そして、もし仮に私が敵でないと判断された場合、協力するように言ってくるだろう。
 敵でないという決定打に欠ける私への判断の裏付けと、念のためと称して、私を監視するために。

 そうなっては、身動きは取れなくなる。それでは私がLと接触するだけの意味がない。
 かといって逃げ切れるとは到底思えない。せめて、レイ・ペンバーと美空ナオミの命を守れるまでは逃げ切りたい。
 そのあとは………どうにでもなれ。どうせ4月までは大きな動きはない。
 その先も電話を続けるつもりではあるが、せいぜい3回目で捕まる気がする。それ以上ごまかしはきかないんだから。

(…………犯罪者か、私は)

 こんなに早く介入しなければいい話だったけれど、上手くいくかなんてわからないけれど、出来るならば見殺しにしたくはない。

「こんなところで終わらせていい命ではない。日本にやってくるFBIの人たちも」

 犯罪者とそうでない人を区別したくもないのだが、たった二人だけでも守れるかどうかわからない。
 また念入りに対して能のない頭で策を練る必要がある。

「リンド=L=テイラー死亡から、3日。………あと、4日」

 4日後の12月12日、Lが『キラは死の時間を操れる』と確信したその日に、もう一度電話をかけよう。



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 夜の捜査会議はいつもと同じ午後11時に始まった。
 一日の捜査報告を受けている中で、電話を担当していた一人の刑事が立ち上がって発言した。

「妙な電話、ですか」
「なにか意味深な電話で。記録が残っているので、再生してみましょうか」
「ええ、お願いします」

 から電話を取った男性は自分の声が入っていることも一言伝え、再生を始める。

「これは、つい先ほど30分前に、東京駅の公衆電話からかけられた電話です」


 【『こちら、凶悪連続殺人特別捜査本部』
  「もしもし、一般からの情報はこちらで?」
  『はい。よろしいですよ』
  「お疲れ様です。それでは、ひとつ忠告です。捜査を担当されている皆さんは、最低でも12月21日になるまで、日本国内においては絶対に本名を出さないでください」
  『は?』
  「繰り返します。捜査を担当されている皆さんは、最低でも12月21日になるまで、日本国内においては絶対に本名を出さないでください」
  『待ってください、貴女のお名前を………』
  「またお電話します。必要ありません。私もあなたも、お互いの声を覚えていられるはずです」】


「ここで電話は切られました」

 捜査員からは見えない、モニターの向こうでLは軽くため息をついた。
 また面倒な問題が浮き上がってきた、と。
 ざわついている捜査員たちに向かって、Lはきっぱりと言い放った。

「わかりました。彼女はキラについて何か重要な情報を知りえる立場にいると思われます」

 それに別の捜査員が頷く。

「ああ。調べたほうがいいのか?」
「そうですね、では監視カメラと使われた公衆電話から、何か情報が得られないかどうかだけ調べてください」
「それだけでいいのか?」

 それ以上はほとんど動きようがないだろうに。
 Lは爪を噛みながら心の中でそう言った。

 すぐにその電話の情報が管理官らに来なかった以上、捜査はできない。
 時間帯と場所、それから電話の内容を考慮しても、電話をかけてきた女性は多少知恵がある方だ。
 名前を名乗らなかったのだから、素性は知られたくないのだろうし、わからないようにしているはず。
 殺人を犯したわけでもなく、ただ電話をかけるだけなら、一回くらい捜査の目から逃れることは、少し知恵が回る方なら難しくない。

「彼女はまた必ず電話をかけてくるでしょう。でなければ、最後の一言はいりません。彼女は次に見つけられればいいです。いつでも彼女を追えるように準備はしていてください」
「わかった」
「それから、次からは参考になるような電話が入った場合、すぐに私に連絡を入れてください。基本です」
「すみません」

 なぜ12月21日なのか。あえて、日本国内と言ったのはなぜか。本名を名乗るなというのは?
 Lのなかに次々と疑問が生まれた。ただし彼女がキラであるとLは思わなかった。そんな事をする必要がないからだ。キラが得もないのを承知で、我々に教えたというのでなければ。

 ―――――しかし、彼女がキラである可能性は今のところ一番高くなった。

 疑ってかからなくてはいけない。キラが誰なのか全くわからない以上は。



Faiblesse Volitional(意志のよわさ)―――どうしても切れない、思い